こんにちは!Shimmyです:)

新卒で外資系金融機関に勤めてみて思ったこと

外資系金融と聞くと、経歴華やかな高学歴集団が長時間でもバリバリと働いて金曜日は派手に遊んで、、のような生活を想像する方が多いかもしれませんね。入社間もない若手が高級車を買ったり、ハイブランドだって簡単に手が届く。学生はこういう生活にあこがれるのかもしれません。入社1年半が経過した私の目線から見る「外資金融の実態」について、自己分析もかねて正直に書いていこうと思います。

苦労して手に入れた分お金には価値がある

学生のころ、アルバイトをしては、彼氏の誕生日に数万する財布をあげたり(これは私の全財産に相当した)、なぜか誕生日には有り金をはたいてホテルステイをした。1万円以上するホテルのアフタヌーンティーにも行ったりした。インスタを見る限り、みんな行ってたし、私も何かインスタで自慢できることがやりたかった。でもお金がなかったし、バイト代をせこせことためて、やっと全財産をはたいてこういった贅沢をしてた。貯金を0にしてまで。

社会人になったら1時間を1,000-2,000円で売らなくても毎月お金が入ってくるんだ。試験期間中にバイトができなくて金欠で苦しむこともないんだ。一人暮らしして、好きなことにお金を使って、お金に関するストレスからは解放されるんだ。と本気で思ってた。(と思う。)

そう思って選んだ外資金融。確かに金払いはいい。1年目からあり得ない家賃の家に一人で住んでる。確かに毎月のクレジットカードの支払いに不安を覚えることもない。ハイブランドだって、毎月買えないこともない。

でも、ハイブランドのものなんて買ってない。アフタヌーンティーも行ってないし、都内在住なのに都内のホテルに泊まったりなんてしてない。

理由は時間がないとかじゃない。手が届くものには興味がわかなかったんだ。ハイブラもホテルステイもなかなかできないし、インスタでみんなが自慢してたから欲しかった。

結局は学生時代と同じ、自分の時間を切り売りして生まれたお金。自分の人生を社会に売って手に入れたお金なんだ。特に外資金融みたいな会社は激務だから今の自分の時間どころか、激務によって人によっては体を壊してしまうから、自分の将来の時間までも会社に売ってるということを忘れてはならない。

ハイブラは、自分の人生に値しますか?インスタでの自慢は、自分の人生を通して一番大事なことなのか。

お金に対して思うことはよりシビアになってきたと思う。激務なだけに一生続けられる仕事ではないので、無理してお金を使うくらいだったら貯金して将来の自由を買おう、と思うようになった。

終わらない「人と比べること」のジレンマ

学生時代からかなりマイペースな性格だったので、平気で休学した。休学して、勉強したいことを勉強した。就活も1年遅らせた。自分のやりたいことを見つけたいと思ったから。私は、自分のペースで生きて、人と比べないことがうまいと自分では思っていた。人目を気にせず就活でも記念受験のつもりで外資金融を受けた。周りはプロ就活生ばかりで、多くの学生が選考用に仲間と志望動機を練りあっていたようだが、私は一切やってなかった。野良就活生。でも特に気にしていなかった。落ちても縁がなかっただけと思っていたし、そもそも自分にも期待していなかった。でも受かってしまった。

外資金融は文字通りUp or Outの世界。入社1年で即退場も見てきたし、上のポジションに上がれず出ていく人も見てきた。燃え尽きて出ていく人も一定数見てきた。時間の経過とともに残れる人は限られてくるので、おのずと自分の限界のようなものを感じて出ていく人が多いように思う。もちろん自分も例外ではない。

自分は若手の中でどの位置にいるのだろう。先輩は自分をどのように評価しているのだろう。この前、あの先輩が同期の悪口を言っていた。自分もどこかでいわれているのだろう。

不毛に見える考えかもしれないが、このようなことをずっと考えながら仕事をしている。ここで手を抜いたら使えない若手だといわれてしまうかもしれない。あの子はいい案件を担当しているのに自分はいい案件に携われていない。私の評価はその程度なのかもしれない。なんて思うことは日常茶飯事。こんなことを考えながら朝から朝まで働いている。私には正直誰がどのように評価されているか、その評価がフェアなのかもわからない。枠が少ない分、入社してからもいろんな感情と戦いながら働くのが外資金融独特の労働環境なのかもしれない。

鍛えられるのは、ハードスキルだけでなく、ストレスやプレッシャーとどのように付き合っていくか、これも立派なスキルで、いろんなことをお金をもらいながら学んでいるのだと考えれば少し気持ちは楽になるかもしれない。

選択肢の広いコンサルや外銀に行ってもやりたいことは降ってこない

特にやりたい学問があって大学に入ったわけではない人はいっぱいいるだろう。大学の最初の数年間で何に興味があるかなんとなくいろいろやってみてから決める、みたいな。だから東大に入った、という感じで。

ある程度いい大学に入ったらある程度の企業が就職先として浮かんでくる。でも何がしたいかわからないので、そのあとなんにでもなれるコンサルや外銀に行ってとにかくがむしゃらに働いて好きなことが見つかったらそれに打ち込もう、と考える大学生の多いこと。Not to mention, I was one of them. Obviously.

同期と話していて、この労働環境から抜け出したいと思っても抜け出せない理由は大体3つくらい

  • 給与水準が他社に行くと下がってしまう
  • ネームバリュー
  • ほかにやりたいことが特にない

たいていこの3つに収束する。最初の2つは、会社から与えられた呪いのようなものなので、自分の選択次第ではいつでも払える。この呪いにとらわれる必要はない。

3点目がクリティカル。前2点を捨ててまでやりたいことってなんだ。特に高学歴の人の多くにかけられた呪いだと個人的に思っているが、高学歴の人は人生の選択肢が基本的に1つしかないと思っている。それは「上に行くこと」。受験で周りからいいといわれる学校に行って、就活で周りからいいといわれる会社に行く。それでよかった。とはいえ、社会人になってまで親に褒められてなんなんだ。でも今までの人生でTierだけを求めて生きてきたので、ほかにやりたいことといわれてもよくわからない。若いんだからリスクをとれと言われても正しいリスクの取り方を知らない、という感じ。

いわゆるいい会社に入ってしまうと、人生は得意のAuto Pilotモードに突入して、リスクをとるにも怖くなり、なかなか本来の自分の人生というものを送るのが怖くなる。

結局のところ何に価値を置くか

極限状態に陥ったことはこの1年半で何度もある。自分の価値を疑ったり、鬱直前まで追い込まれて危うく人生の歩みを止めるところだった。あんなにもあこがれた仕事について、お金も稼いでいるのになぜ私は幸せではないのだろうか。

人生は仕事でもお金でもないから。

同棲している彼氏とこの前、久々にスーパーに行って食材を買って、料理をした。スーパーでは少し良いチーズを買って、果物も買った。帰り道、つぎはどんなものを作ろうか話しながら帰った。その日は仕事も落ち着いていたので、在宅勤務にして仕事も早めに切り上げていた。

あー、自分の幸せって結局は大切な人と一緒にゆっくりと時間を過ごすことなんだな。対して高くないな。

そんなことを考えた。

昼夜仕事のことを考えて、土日も仕事のことを考えて、だれかとの時間を楽しむ余裕がそもそもない。ストレスで少しピリピリしている私、それを見て悲しそうな彼氏。たかが数年、とはいえ、自分にとって大事なことが見えてきたのであれば「あのひと結局あそこで1年半しか働いてないらしいよ。生き残れなかったのかね」といわれてしまうことよりよっぽど価値がある。

学生時代の私は、たかが数年しか働かずに「他いやりたいことができた」とか「もっと時間が欲しい」と言ってやめていく人を落ちこぼれだと思っていた。

でも働いてみて、時間とお金の価値について考えてみると、そんなに単純な話ではないもんだ。

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